現地校に通う子供たち:Part5〜いじめとストレスと〜
〜現地校で通う子供たち〜の体験手記について〜
体験手記を掲載する意図は、同情を買うためでも、同じような母親たちに、なぐさめあってもらうためでもありません。まして、お子さんを連れて渡航される方を不安に陥れるためでもありません。これから、お子さんを連れて渡航する方に「子供はすぐに現地に慣れる」という神話に警鐘を鳴らしたいということ。それから、すでに渡航されて、お子さんの事で悩んでおられる海外に暮らす母たちに、「あなただけじゃないよ。一緒に頑張ろう。」と伝え、それぞれのケースの中にいくつかのヒントがあると思うので、それらを活用して欲しいと思って、体験手記を掲載しています。(みかりん)
03,03,2003(文:みかりん)
帰国して1年2ヶ月が過ぎました。お子さんを現地校に通わせている方の中には、なかなかなじめなくて、お子さんのストレスにどう対処してよいものか悩んでいらっしゃる方も多いと思います。ケースバイケースなのでアドバイスにはならないかもしれませんが、うちの長女の在英時のことを書いてみたいと思います。
長女は、小学1年生の夏休みに私と妹(次女4歳当時)と3人で父親の待つイギリスに渡英しました。夏休みの間は、近所を散歩したり、Lake
District や London に家族旅行をしたり、父親と芝刈りをしたり楽しく過ごしました。9月になっていよいよ現地校での学校生活が始まりました。長女はYear2に編入し、次女はReceptionに入学しました。長女は恥ずかしがり屋でどちらかというと大人しい子で、お友だちと喧嘩をするということもほとんどなく、また、動作が遅く、はっきり言ってお勉強は苦手な子でした。最初の頃は、言葉が通じなくて泣いたりすることもありましたが、幸い、長女をサポートしてくれるクラスメートの女の子(Hollyというかわいくて賢い女の子で、偶然、家も近所でした。)を先生がつけてくださり、その子は、本当にとてもよく長女の面倒を見てくれましたので、長女も段々クラスに馴染んでいく事ができました。また、ESLの先生もとてもやさしい年配の女性で、長女はよくなついていました。
現地校では、娘たちの他に数名の日本人の子が通っていました。同じクラスにも男の子が1人。同じ学年の別のクラスに2人の男の子が居ました。最初の頃は、仲良く遊んでいたのですが、段々、長女はとろいこともあり、力関係ができてきました。そして、同じクラスの男の子に意地悪をされるようになりました。とても陰湿な意地悪を受けたことがわかり、相手の親にもクレームをつけました。すぐに先方の母親と男の子で謝りに来てくれ、子供も「いいよ」と男の子を許してあげました。私もすぐに謝りに来てくれたのだし水に流そうと思いました。しかし、次の日のお迎えの時に、男の子の母親は「○○ちゃん大丈夫?本当にごめんなさいね。」と気遣ってくれ、ここまでは良かったのですが、次の言葉に唖然としてしまいました。「夫も謝りに行った方がいいかしら?」この言葉にびっくりしつつ「いや、いいですよ」と応えましたが、なんとも釈然としませんでした。そして、その後も、意地悪は続き、担任の先生も気付いて「play
timeは一緒に遊んではいけません。日本語で話してもいけません。」と長女と男の子に言われました。日本語で話すなというのは、男の子が長女に言葉の暴力を吐いても先生には理解できないからで、授業中、同じグループだったのも別にされました。でも、意地悪されても長女は男の子と遊びたがりました。現地校の中にいて、それは仕方の無いことだと思いました。直接、男の子に「そんなことをするのはいじめなんだよ。自分がされて嫌なことは他の人にもしちゃいけないんだよ」と注意したこともあります。しかし、その男の子の母親は逆切れして、長女を侮辱するようなことを言いました。収まるかなと様子をみていたのですが、収まるどころかどんどんエスカレートしていきました。意地悪どころではなく明らかないじめでした。他のクラスの日本人の男の子も加わり、日本語で長女に言葉の暴力を振るうのです。「学校から出て行け!」「おまえがバカだから遅くなった」「あっちに行け!」etc。。。
もう、これ以上、いじめを受けるわけにはいきませんから、早速、父親が
Head Teacher 宛にレターを書いたところ、その対応は、こちらがびっくりするくらい早かったです。レターを渡したその日のうちに、長女を呼び、どんなことをされたのか長女から話を聞いて、いじめが事実であったことを確認し、その後、いじめをしていた男の子たちを呼び、彼らは、Head
Teacher、担任の先生、ESLの先生とそれぞれから注意を受けたのです。翌朝、Head
Teacherに廊下で会った時に「いじめは本当だったわ。なんてひどいんでしょう。彼女はとてもかわいそうだったわ。でも、ちゃんと注意をしたし、また何かあったらすぐに連絡してね。」と言ってくださいました。そして、編入したばかりの補習校の校長先生にも手紙を書きました。その日のうちに補習校の校長先生からも連絡があり、「後日、担任の○○先生からお電話がありますから。」ということでした。数日経って、補習校の担任の先生から電話がありましたが、「はぁ、○○君がそんなことをするんですか。どちらかというと、彼はお友だちから泣かされている方なんですけどねぇ。」と言われました。私が「じゃあ、だから、もっと弱いうちの子をいじめているんじゃないですか?」と言っても「そうですかねぇ。(いじめをするなんて信じられないという口ぶり)現地校でストレスが溜まっているでしょうかねぇ。」と言われ呆れてしまいました。ストレスのはけ口にうちの子がいじめられたんじゃたまらない!とりあえず、補習校の校長先生からも注意を受け、以降いじめは止みました。長女が補習校の2年生に編入したばかりの頃でした。補習校での長女は、2年生から通いだしたのですが、イマイチ補習校になじめず、勉強もついていけず、普通なら日本の友だちと日本語で遊べる補習校は息抜きの場になるはずなのですが、長女にとっての補習校は、ちょっと負担でした。
その後、現地校では問題も無く、9月が来て長女はYear3になりました。はじめはぐずっていた次女もReceptionの後半には慣れて(Part1参照)、長女も英語が少し理解できるようになってきたし、さあこれから!という時に今度は長女が学校に行くのを嫌がるようになりました。2年目に入ったところでしたから、もう、がーーーーん!と衝撃でした。それから、毎晩、「学校イヤだ」「日本に帰りたい」「日本の小学校に戻りたい」「英語が分からない」と言ってはベッドでさめざめ泣くのです。1年目にはそんなこと無かったのに・です。(T_T)
そのうち咳払いを頻繁にするようになりました。後で考えてみればこれはチック症状だったのです。私は、チックだと気付かなくて「お行儀悪いからしちゃダメ」と言っていたのです。今思うとなんてかわいそうなことを言ってしまったのだろうと胸が痛みます。しかし、「日本に帰りたい」と言われて「じゃあ帰ろう」とは言えないものです。もちろん、あまりに症状がひどくなれば帰国を考えなければと心の中では思っていましたが。
どうすればいいのだろう。。。ESLの先生に「英語が理解できていないようなのですが。。。」と相談しても「彼女は英語をよく理解しているし、会話もできている。」と言われます。担任の先生は、目が届くところに長女の座席を変えてくれました。とにかく、ストレスを和らげてあげた方がいいのかなと思い、できるだけ叱らないようにしようと心掛けていました。いや、心掛けていたつもりです。(^_^;)
とにかく好きなだけ日本のビデオを見せていました。普通は、起きている時間の半分は英語ばかりですから、頭をリラックスさせてあげるためにも、日本語を忘れないためにもビデオを見たい時は見せていました。
寝る前に日本の絵本を読んであげる。
たくさんハグをしてあげる。「学校大変だね。○○は、よく頑張ってるね。でも、5年間はここに住まなくちゃいけないから、イギリスの学校に行かなくちゃいけないんだよ。」とやさしく言い聞かせていました。また、イギリスのいいところもよく話していました。「イギリスはお花がきれいだね」とか「イギリスの学校はビスケットタイムがあっていいね」とか。ホリデーの話もよくしていました。
英語が話せないことを口にしたら「そりゃあ話せなくて当たり前だよ。あなたは、まだイギリスに来て1年だから、イギリスでは1歳だよ。でも、イギリスの子でも1歳であなたみたいにたくさん英語しゃべれないよ!すごいじゃん!」と繰り返し繰り返し言っていました。(この時だけはちょっとにっこりしていました。)本当にこのセリフは、何度言ったのだろう。。。
Holly を tea に呼ぶ。
長女のお誕生会を開く。(1年目はしなかった)
と、こんな感じでしょうか。参考にはならないかもしれませんが、書いてみました。私なりに努力したつもりですが、年が明けても、相変わらず、長女は夜になるとさめざめと泣いていました。そんな中、長女の親友と呼べるHollyが、本当によく長女を助けてくれました。一時、長女は、Holly
をうっとうしく思って Play Time にも一緒に遊ばなくなりましたが、そんな時にでも、長女が泣いているとどこからともなく
Holly が飛んできて寄り添ってくれていたようです。そうしているうちに、長女にとって、Holly
は無くてはならない存在になったいったようです。
年が明けてしばらくして、はっきりした月日は覚えていないのですが、イースターの頃(前だったか後だったかは?)、長女はいつのまにかベッドで泣かなくなりました。そして、表情も明るくなりました。学校の帰りは、だいたい
Holly と一緒で、二人でぺちゃくちゃ喋って、私の入る余地がありません。私たち家族にとっては長い長い数ヶ月(8ヶ月くらい)でした。
長女もイギリスの学校生活を楽しめるようになって4ヵ月後の夏休みの終り、後3年残っていた赴任期間は、年末までと決まってしまいました。(T_T)
せ、せっかく、長女が笑顔で過ごせるようになったのに。。。神様っていけずぅ〜。数日後の夜のこと。。。
夫と私:「あのね、12月までで日本に帰らなくちゃいけなくなったよ。」
長女:「ふ〜ん、でも、あと3年イギリスに居るんでしょ?」
夫と私:「あ、違う違う。一時帰国じゃ無いんだよ。本当に日本に帰るんだよ。」
長女:「あ、そう。でも、5年間イギリスに居るって言ってたから後3年でしょ?」
夫と私:「。。。(^_^;) うん、そうだったんだけど、パパのお仕事が終わっちゃったから12月に日本に帰ったらもうイギリスには戻ってこないんだよ。」
長女:「なんで?あと、3年でしょ?」
禅問答だぁ〜(^_^;)。繰り返し説明してやっとこさ長女は納得しました。仕方ないですよね〜。ずーっと、「5年間はイギリスよ」って言い聞かせてきたんですから。そして、その後、「イギリスに来てよかった?」と恐る恐る聞いてみたら。「うん。イギリスに来てよかったよ。後3年居たかったのに!」
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