現地校に通う子供たち:Part3
〜現地校で通う子供たち〜の体験手記について〜
体験手記を掲載する意図は、同情を買うためでも、同じような母親たちに、なぐさめあってもらうためでもありません。まして、お子さんを連れて渡航される方を不安に陥れるためでもありません。これから、お子さんを連れて渡航する方に「子供はすぐに現地に慣れる」という神話に警鐘を鳴らしたいということ。それから、すでに渡航されて、お子さんの事で悩んでおられる海外に暮らす母たちに、「あなただけじゃないよ。一緒に頑張ろう。」と伝え、それぞれのケースの中にいくつかのヒントがあると思うので、それらを活用して欲しいと思って、体験手記を掲載しています。(みかりん)
25,09.2001(文:Chihiro)
子供が3歳で渡米、5歳で帰国することになった、というと、「わーーいいわね、帰国子女じゃない!3歳くらいが一番いいんですってね。子供はすぐ慣れるというし、大人の方が子供に英語を教えてもらうようになるんですってね」といってくださる方が多かった。今にして思えば、こちらの不安をやわらげてくれていたのだろうと思うのだが、私もすっかり有頂天で、その言葉を鵜呑みにしていた。とりあえず行けば何とかなるだろう、という気持ちで何も考えずにきてしまった。
そうそう美味しい話はない。うちのケースは、多分、最もこじれたケースだと思う。だから、出国前のお母さんが、ただでさえご心配だと思うのに、これを読まれて不安になられると申し訳ないと思う。子供が新しい環境にすんなりなれるかどうかというのは、実際、行ってみないとわからないから、、、ほとんどのお子さんは、問題なく、楽しくなじんでいかれているのかも知れない。
子供のために何も準備しなかったのは、何をしていいものやらわからなかったというのもあるし、旦那の英会話に30万円も払ってしまい(自腹で!)それも結局行かないことが多く無駄になってしまった。そのうえ子供まで 英会話などの教室に行くなんてことができなかったというのも本当ではある。どうせ現地にいくのだから わざわざ日本で高いお金を払おうという気にならなかった。
お母さんに現地語の準備が必要か?という心配もある。ちなみに私は英語が、すごく嫌いではなく、でも決してTooefl何点、というのでもない、海外経験もない、という普通の日本人レベルだと思います。
結論から言えば、わたしたち日本人はしゃべれないというけれど、一応文法を習っているから、辞書などを使いつつ、言いたいことは言うなり、書くなりできる方、書類もがんばれば読めるし、わりあい恵まれているのではないかと思います。はじめはチュルチュルとしか聞こえない英語に耳が慣れるのには、数ヶ月かかるのは誰でも同じではないかしら?なれればそんなに難しいことは言っていないのだとわかってきます。
うちの子供はひとりっこ、3歳になったばかり(渡米時)の男の子です。日本に居た時から、小心者で、町に連れて行っただけでもすぐ夜泣きし、近所の子供がせっかく遊びにこようなら、私のそばから離れなくなってしまう。そしてすぐに熱を出す。言葉も遅くて、欲しいものを指さすだけだ。それはそうだろう、24時間私が一緒にいて、何も言わなくても、「ああ、眠いのだろう」「おなかすいたんだろう」とわかるのだから。何も話さなくてすむのだから。散歩とビデオが好きで、一人で遊ぶから、私としては 手のかからない、おとなしい子だった。
旦那は仕事と付き合いで、帰りは午前様である。たまたま週末うちにいると、旦那のくしゃみすら恐ろしいらしく、泣き出してとまらない。旦那に子供を預けてどこかへ行く、なんて考えたこともない。二人で、無言で、何時間もうちにじっとしている。私は本を読み、子供はビデオをみる。そういう生活が日本での日常だった。特におかしいと思ったことはなかった。
日本では3歳で幼稚園だ。こちらもそうだろうと思い、ナーサリーに入れた。ここを選んだのは、評判がいいらしいのと、歩いて3分、ということで、他の園は 見ずに決めた。日本人はうちの息子だけらしい。それも英語に慣れるためにはプラスになりそうだ。そう思っていた。
ナーサリーの最初の日には、ほとんどの子が、マミーマミーと泣いている。「ああ、どこでも一緒だな」とほっとする。数日経つと、自分から「See you later!」と言うので、付き添わずに帰った。きらきら星を英語で歌ったといっては誉めてもらい、おやつを沢山食べたといっては誉めてもらって、上得意で帰ってきた。わあ!こんなに子供がいないとラクだとは!私は、アダルトスクールで水彩画と染物のクラスをとり、本当におもしろくて、こちらも上機嫌だった。
子供を迎えに行ったある時、ある韓国人のおかあさんが、「あなたの子供さんは、、、なんといったらいいか、私英語が上手でないからうまくいえないけど」と言った。曖昧に笑っている。き、気になる!なんだろう?
その日、3歳児クラスにうちの息子は居なかった。担任の先生は顔を曇らせて、私を保護者のいないところに連れて行き、そしてディレクターのところに行けと言う。一人、お母さんが怒っている。「事情を説明して!」なんて言っている。何があったのだろう?何かがあって、うちのも怪我したのかな?
息子は、大きい子のクラスに入れられていた。どうも、うちの息子がほかの子に頭から砂をかけたり、叩いたりするらしい。うそだろう!あんなに小心で、ポケモンのテレビも見れないような子が、他の子を叩く?それも、小さい子ばっかり狙って叩くから、他の保護者からクレームがきているらしい。そして先生の言うことを聞かず逃げ出すらしい。
ちょっとまって。うちの子は、体がクラスで一番大きいのだ。一番小さい子は、肩までしかない。私の勘違いで、3歳児クラス(2歳半からいる小さい子のクラス)に入れてしまっていたから。
とにかく、これからずっとナーサリーに付き添って、悪いことをしたら私が注意するように、そしてなぜ叩くのか子供に理由を聞いて欲しい、さらに、叩くのが止まなくてはナーサリーにこれなくなると彼に言って欲しいということだった。さっきのお母さんは息子に対して怒っていたのだ!
頭の中は真っ暗だった。信じられない。ああ、せっかく自分がはじめたこともパー。ろくに言葉もはなせないちびに「どうして叩いたの!!?」と聞いてもケロっとしている。次から子供と一緒に3時間をナーサリーで過ごす。子供のいない3時間はあっという間なのに、なぜこんなに長いの!帰ってくるとぐったりで、二人で2時間昼寝した。
ナーサリーでは、おもちゃを取ろうとして、他の子に近づく度にとめてしかる。他の保護者も、私に「どうしてあなたはいつもいるの?」と聞くから「彼が叩かないように見ているのよ、」と答えなければならなかった。みじめだったし、息子は私が付いて回るのをとても嫌がった。
息子はナーサリーに半分も行かなくなった。熱が出るからだ。しばらく休むと、あるお母さんに「やめたかと思ったわ」なんて言われてむっとする。(後でわかったことだが、ナーサリーをやめるのはよくあることなのだ。意地悪で言われたわけではなかった)
私の方はといえば、3ヶ月も見ているうちにだんだんわかってきた。アメリカでは、息子と同じくらいの子は、自分の思ってることが言えるのだ。言えるように訓練されているようだ。英語は、言葉自体がシンプルなつくりで、言いやすいというのもある。
例えば、私に向かって「私は エリザベスよ、あなた名前は?」
「Chihiro,あなたのクラスはどこ?」
「サマースクールで会ったかしら?ああ、○○のお母さんなの?」
「あの子、スパニッシュしかしゃべれないから問題があって他の子と遊べないのよね?」
というのである。
仮に うちの息子と、この子がおもちゃを取り合ったとする。するとこの子と先生のやり取りはこうだ、「先生!○○が叩いたわ。私が使っていたおもちゃをとったの。」「先にあなたが使っていたのね?○○、あなたは彼女が使い終わってからしか使えないわ、そして”もう叩かない、”って彼女に言いなさい。」これに対して息子は、「、、、、。」
言えるわけがないのだ。怒られたと思っておどおどし、逃げ出す。逆におもちゃをとられても、うちの息子は何も言わない。
そしてこのクラスには、3〜4人の韓国人の子がいた。彼らはもう滞在が長く、英語を話す兄弟もいて、近所にも遊び友達が沢山いるから、ある程度、英語がわかり、しかも韓国人だけで固まって韓国語で遊ぶ。アメリカ人が入ろうとすると、「NO!GO!」と言って押したり、叩いたりする。この子達は、比較的体が小さくて、押された方はけろっとしている。うちの息子は、韓国人が日本人に思えたらしく、仲間に入れて欲しがっては、追い返されている。一番小さい子から砂をかけられているところも私は見た。
でも、先生は気づかない。うちの子が、何も言わず、泣かないからだ。悲しそうに、なぜ入れてもらえないのだかわからなさそうにしている。どこにいっても誰も入れてくれず、わかってももらえない。私と同じだ。それはそうだ、これまで日本人しか見たことがなくて、自分に似た人は日本人だろうと思ったらしい。実際、私たちを韓国人だと思っている他の保護者も多かった。そっくりなのだ。
私はこのことをすべて手紙に書いて先生に渡した。。。
「うちの子が叩くのは、それがこの学校のルールだと思っているからだ。家に来た赤ちゃんに髪を引っ張られても、いつも泣くのは彼の方なのだ、小さい子を叩くことは決してない。学校で彼も同じように叩かれて 悲しそうにしていても、体が大きいせいで誰も気にとめていないだけだ。決して乱暴な子ではない。乱暴なテレビ番組は泣いて消してしまうような子だ。あなたはプロフェッショナルでいい先生だし、私もこの学校が好きだからやめさせたくない。わかって欲しくて手紙を書いたのです。」
言葉でいう自信がなかったのである。文法もめちゃくちゃだが構わない。これでわかってもらえなかったら学校を変えよう。。。
その週、担任の先生が手術することになって休んだ。副担任の先生が、「彼が悪くないのはわかってるのよ。彼も、混乱していて、助けてくれる人もなく、困っている。。。あなたも、居心地がよくなければだけど、付き添っている必要ないわよ。クラスの問題を何とかするために、私たち先生がいるのよ、あなたの仕事ではないもの、あたし達に任せて」というので帰った。不覚にも涙がでて止まらなかった。
このアシスタントの先生は、移民かもしれない。英語に訛りがあるし、普段あまりしゃべらない。でも、どの子のこともちゃんと見ている。うちの息子の好きなおもちゃも、こっそり取っておいて、そっと手に握らせてくれる。もちろん他の子のもだ。子供が書いたどの絵を見ても、それを書いたのが誰だかわかっている。裏の名前を見ずに!
うちの子がほかの子を叩くと、叱るのではなく、手を握る。「この子はマイケル、あなたと友だちだよ。一緒に遊びたいときはね、そっと、さわってごらん、叩くんじゃなくて、優しくね。。。おもちゃを取られたらね
Excuse me って言うといいよ。」息子は、Gently
という言葉を覚えてきて私の腕を優しくなでた。
それからは、子供の様子ががらっと変わった。
私も、子供のしたいことをわかっていても、言葉で言わせるようにした。「今日は、お昼ご飯何が食べたい?ご飯?麺?」「おいしい?いくつたべる?」「今日は、何をしようか?」「これ、おとうさんにあげてきて。」「どうもありがとう」「ほしい?そしたら、頂戴っていってみて。」「もらったときはね、ありがとうをいってごらん。」などなど。。。
お母さんはあんたが話せてうれしいよ。まだ小さいからしゃべれないんだと思ってたよ。。。私も普通は無口な方だが、恥ずかしいといってる場合ではない。もうしゃべるしかない。
私の言うことを真似しながら日本語が出始めたら、知っている言葉や、ナーサリーで他の子が使ってる言葉を、英語と日本語を同時にテープに入れて聞いて遊んだりもした。これが実際役に立ったかはわからない。私のまずい英語だからだ。
いま、一年が経った。相変わらず、一人で遊ぶことが多い。でも叩くことはなくなった。でも、アメリカ人だって一人で遊ぶのが好きな子もいる。無口な子もいる。怒って他の子を叩いちゃう子もいる。日本では他の子に注意しにくいが、ここでは私も仲裁に入ったりする。そのうち子供は自分らで問題を解決するようになる。
息子は、日本語は、同じ年齢の子ほどはまだしゃべれないけれど、人を笑わせようと、おかしな小話をいってみたりする。私も、子供が言葉を話せるとおもしろい。日本に居る時よりも、子供がいておもしろいなあとしみじみ思う。他の子ができることができない不器用な子ではあるが、そんなことは関係ない。
私の前では英語をしゃべらないけれど、他のお母さんには片言でしゃべっているらしい。あと数ヶ月で帰国するわけだが、英語が身に付いたかというと、身に付いていない。帰国子女どころか、日本に帰っても日本語で苦労するだろう。でも、誰になんと言われても、来てよかった。
今学期から、同じ日本人の3歳の子が入ってきた。この子は、入った日からお母さんがいなくても楽しそうに遊び、なじんでいた。ただ、銃で他の子を撃つまねをして先生にきつく叱られた。日本では全く問題にならないことだと思う。でも、ここでは、親子ともども、何がよくて何がいけないか、わからなくなってしまう。学校によってもルールは違うだろう。
海外で暮らしていると、こんなところなんてもういや、家から出たくない、誰とも話したくないという時がくるかもしれない。「私は、言葉もわからない、親兄弟もいない日本に住むなんてできないわ。あなたは偉いわ、アメリカで一人で頑張っているんだから。勇気があるのね。」と言ってくれたお母さんがいる。私が、一時期あまりにしょげていたからだろう。でも、もし、これを読んでくれた方で、私と同じように、子供のこと、どうしようもなさそうな、いろんな誤解でしょげている人がいたら、気がついて欲しいと思う。。。
「子供も勇気を持ってやっているのだ。あなたも、とても頑張っているのだ。」と。。。
|